電子投稿規定作成のためのガイドライン 解説
| 本解説の趣旨とガイドラインの趣旨 | ||||
| この解説は,SIST「電子投稿規定作成のためのガイドライン」(以下,ガイドラインという)の理解を助けることを目的とし,その背景にある考え方や,補足説明を書いたものであって,ガイドライン自体ではない。
現在,学術雑誌出版はアメリカを中心に情報伝達手段の多様化,ボーダーレス化が進んでいる。これは大きな転換期と言えよう。我が国はこの状況に遅れを取り,転換期の困難の中にあるが,これを乗り切る一方策が多様な情報伝達手段(印刷物,CD-ROM,WWW(World Wide Web)など)に対応できる電子投稿である。この観点で本ガイドラインは作成された。 最近,学術雑誌は印刷物だけでなく,WWWやCD-ROMなど多様な情報伝達手段を使って出版されるようになってきた。特にWWWは世界中に配信できる長所を持っており,印刷物を国際郵便で送る従来の方式に比べ,サーキュレーションを高める効果は計り知れないものがある。これは,日本の学協会や出版社がWWWで受信すれば,日本人の投稿者が欧米の学術雑誌でなく,日本の学術雑誌に投稿しても世界中から読んでもらえることを示している。そのため,日本の学協会にとっては逆に,むしろ良い機会と言えるが,対応はそう容易ではない。たとえば,WWWに載せるためのフォーマットの変化は著しい。WWW専用の記述書式:HTML(HyperText Markup Language)は,そのレイアウト機能を高めるため,書式が次々に改定されてきた。また,HTMLのレイアウト機能では印刷物のようなレイアウトはできないが,PDF(Portable Document File)ならば印刷物同様のレイアウトが可能として,PDFをWWWに載せた学術雑誌もある。また,CD-ROM版の場合もいろいろなソフトウェアがあり,それぞれにフォーマットが異なる。以前には広く使われていたソフトウェアも,次々開発される新しいソフトウェアにその地位を奪われている。この状況の中で,アメリカではWWWでHTMLとPDFの両方を提供し,印刷物も刊行している場合も少なくない。 このような情報伝達手段の多様化に効率的に対応する方法が求められている。それが,多様な情報伝達手段(印刷物,CD-ROM,WWWなど)に対応できる電子原稿による投稿であり,ガイドラインで採り上げた方法そのものである。従来の電子投稿は,特定の出版に対応したもの,たとえば,特定の印刷ソフトウェアのための電子投稿,WWWのHTMLによる電子投稿など,であった。これでは,情報伝達手段の多様化に対応することは困難である。 以下,ガイドラインの項目ごとに解説することとしたい。 | ||||
| 1. 適用範囲 | ||||
| 従来,投稿規定は学協会や出版社が各自の主体性に基づいて決めてきた。電子投稿を採用すると,投稿規定に電子投稿に関する規定が組み合わされることになるが,その場合でも規定は学協会や出版社が決めるのが妥当であろう。従って,本ガイドラインは電子投稿規定を作成する際の指針を与えるものと位置づけられた。
多様な情報伝達手段(印刷物,CD-ROM,WWWなど)に対応できる電子原稿による投稿が,本ガイドラインの意義である。その重要性については前に述べたとおりである。また,ガイドラインで対象とする電子投稿は,後述の電子出版の流れに示すように,著者,学協会や出版社,印刷会社など電子出版の各工程に関わっており,それらを総合的に観て書かれている。その点で,規定を作成する際の参考になろう。 | ||||
| 2. 用語の意味 | ||||
| 用語のうち,通常と多少異なる意味に使うものについて述べた。 | ||||
| (1) 電子原稿(electronic manuscript) | ||||
| 「電子原稿の表現形式(レイアウトや内部形式)は,最終成果物(印刷物,CD-ROM,WWWなど)のそれとは通常異なるものとなる」については,両者の違いを例示した「参考1.電子原稿の作成例とその印刷見本」を参照されたい。 | ||||
| (2) 電子投稿(electronic contribution) | ||||
| 「多様な情報伝達手段(印刷物,WWW,CD-ROMなど)に対応できること」を再度述べているのは,ガイドラインにおけるその重要性のためである。 | ||||
| (3) 電子出版(electronic publishing) | ||||
| 電子出版という用語は出版物を作る段階のみをいう場合もあるが,ガイドラインでは「電子原稿を元として学協会や出版社などの外部に多様な電子出版物として公にするまでの一連の流れをいう」とした。印刷物でないものも含まれるため,「公にする」と表現した。但し書きにあるように,成果物の配布手段としてはWWWのようにネットワークを使用する場合のみを示し,印刷物など電子的でない方式で行われる場合については述べていない。 | ||||
| (4) 電子出版物(electronic publication) | ||||
| 印刷物以外もあるため,「外部に公開される多様な最終成果物」とした。 | ||||
| 3.1 電子投稿の意義 | ||||
| 従来行われてきたものとは異なる電子投稿を説くため,その意義を挙げた。また,学協会や出版社が電子投稿を導入する場合,その意義を内部の関係者だけでなく,著者や印刷会社など外部の関係者にも説いて理解を得る必要がある。電子投稿は原稿の作り方を変えることになるから,著者の負担は増える。そのため,著者には意義を示す必要があろう。ガイドラインに挙げた意義はその時にも役に立つであろう。もちろん,どの意義を示すかは学協会や出版社が自主的に決める事項である。 | ||||
| 3.2 電子出版の流れ | ||||
| (1) 電子ファイルフォーマット | ||||
| 電子投稿は電子原稿の作成のみでなく,電子出版の各工程に影響する。そのため,電子出版全体の流れを説明し,その中における電子投稿,特に電子ファイルのフォーマットの位置づけを示す。
まず,当ガイドラインでは,電子出版は「SGML/XMLを利用した方式」で行うことを想定している。(図3参照)この方式は「文書を構成するデータ項目を明示して処理を行う」こと,また,それによって,「多様な電子出版物を効率的に作る」ことが特徴である。図3(前出)に示したHTMLやPDFも,SGML/XMLからの出力により作成することができる。PDFやHTMLは文書を構成するデータ項目を保有しないので,一旦それらの形式に出力したものをSGML/XMLに自動的に戻すことは困難であり,他の形式に変換するのも容易でない。すなわち,どちらもインターネット公開・検索用のHTML,ならびにインターネット用の印刷物であるPDFとして,SGML/XMLからの最終成果物として取り扱うべきである。 さて,PDFファイルは受け手側のプラットフォームを限定しない汎用性や,印刷物ほぼそのままのイメージが得られる点とファイルサイズが軽い点から急速に普及し,電子頒布用書類の事実上の基準(デファクト・スタンダード)に近年なりつつある。しかし,PDFファイルはAdobe社が提唱するファイル形式の一つに過ぎず,昨今も衰えない電子処理技術の向上を鑑みるに,長期にわたる保存法・公開法として安易に利用することは慎重にしたい。さらに電子出版物と印刷物の住み分けも見られ始めた現在でも,印刷物と同イメージが得られるPDFの公開が印刷物の流通と競合する可能性があることに留意すべきである。 | ||||
| (2) 論文識別子の有用性について | ||||
| インターネット上の電子出版物の場合は改版が容易であり,論文の所在場所を示すURLの変更も日常的に行われていることから,論文の同定や追跡が困難な場合も多い。複製が容易であることから著作権侵害の可能性も増大している。このような背景から,電子出版物の同定や所在管理,権利処理の促進などを目的に,各論文に「論文識別子」を付与する動きが活発化してきている。
また,論文識別子を書誌データベースなどの書誌項目中に収録することにより,これをキーとして原文献(電子論文)に直接アクセスすることも可能となる。たとえば,参考2で挙げた科学技術振興事業団の科学技術情報発信・総合流通システム(J-STAGE)では,論文識別子としてPII(Publisher Item Identifier)を採用し,このよ うな仕組みを実現している。J-STAGEでは,電子文献と冊子体文献に同一のPIIが付与され,冊子体出版前でページ数などが決定していない状態で電子出版されても,その文献が誤りなしに同定できる。 さらにインターネット上の電子雑誌では,参照文献リストに識別子を埋め込むことによって,参照文献を直接閲覧することも可能となる。識別子の一種であるDOI(Digital Object Identifier)を利用するDOIシステムでは,電子論文中の参照文献リストに収録されたDOIをキーとして,利用者がDOIディレクトリサーバ経由で原文献(電子論文)を参照することができる。DOIとURLの対照データベースであるDOIディレクトリサーバが,論文の所在場所の変更を吸収する仕組みである。 なお,全ての参照文献に識別子が指定されるとは限らないが,その場合はその文献の抄録にアクセスして表示する方法がある。たとえば,MEDLINEの抄録番号を埋め込んで抄録にアクセスする電子雑誌が在る。また,そのために抄録番号を調べる機能,抄録にアクセスする機能などを持つサービスシステムPubMedも在る。 | ||||
| 4.1 データ項目と項目間の関係 | ||||
| 従来の投稿規定ではデータ項目は意識されていなかった。書き方のスタイルが指定されていても,それは印刷されたときのスタイルを意識したものであって,データ項目としては意識されなかったと言える。ガイドラインで採用した電子投稿では電子原稿を構成するデータ項目を規定する必要がある。どの項目を設定するかは各学協会や出版社に委ねられるが,その際の参考になるようにガイドラインでは基本的に必要なデータ項目およびそれらの間の関係を示した。これは雑誌論文の文書構造を規定した我が国で得られる代表的な4つのDTD(文書型定義)を比較検討して得られた結果である。なお,実際にデータ項目を設定するに当たっては,データ交換の利便性を図るため,参考3に示された4種類のデータ項目を参考にすることが望ましい。 | ||||
| 4.2.1 スタイル機能とRTFを用いる方法 | ||||
| 本文の記述と参考1に示した電子原稿の例のうち対応するものを併せてご覧願いたい。参考に示したように,見た目が印刷物に近い原稿が作れる。これはタイトル,著者,節のタイトル等々,各データ項目ごとにスタイルが決められており,ワープロソフトが2段組などのレイアウト機能も持っているからである。
見た目の良さだけでなく,スタイル機能により,データが各データ項目ごとに分けられているから,RTF形式のデータを使い,電子出版処理の前処理によって,データ項目ごとに「SGMLを利用した方式」に変換できる。RTFは各スタイルの始点,終点をASCII文字列で書いてあるから,その文字列を目印にして前処理プログラムにより「SGMLを利用した方式」におけるデータ項目の始点,終点に自動変換できる。また,参照関係についても,たとえば,文献参照は上付きのカギ括弧付き数字で表示され,上付きはRTFではASCII文字で上付き始点と終点が明示されるから,それを目印に,上付き開きカギ括弧を参照始まり,数字を参照のID,閉じカギ括弧を参照終わりと判定する処理を前処理プログラムに組み込めばよい。詳細は,たとえば文献:石塚英弘,伊藤卓ほか.情報処理学会情報学基礎研究会資料,No.35,pp.1-8(1994)を参照願いたい。また最近では,この種のRTFからSGMLへの変換ツールが市販されている。たとえば,DocIntegraほかがある。 スタイル機能とRTFを用いる方法は,著者がRTFを見ずに済むためワープロ感覚で原稿が作れる点が優れている。この方法は1994年から日本化学会の欧文論文誌の電子投稿に使われている。もちろん,この方法は和文論文にも適用できるし,他の学協会や出版社の雑誌にも適用できる。 | ||||
| 4.2.2 LaTeXによる方法 | ||||
| LaTeXはTeXにスタイル機能を持たせたものである。本文の記述と参考1に示した電子原稿の例のうち対応するものを併せてご覧願いたい。LaTeXの場合は,LaTeXの書式に従って書いたソース(source)をLaTeXの処理系に掛けることによって,印刷物に近い原稿が得られる。なお,電子出版処理で使用されるのはソースの方である。LaTeXの書式は,基本的に | ||||
| \begin{データ項目名} テキスト \end{データ項目名} | ||||
| であり,テキストはデータ項目ごとに決められたスタイルによって表示される。また,\begin{データ項目名}と\end{データ項目名}によってデータ項目の始点と終点を明示しているからSGML形式との間で自動変換できる。
著者がLaTeXを使うにはその書式を覚える必要があるが,LaTeXは数式の記述能力に優れているため,数学や物理分野では以前から広く使われている。また,情報処理学会や電子情報通信学会でも1996年からLaTeXを使った電子投稿が行われている。 | ||||
| 4.2.3 スタイルファイルの配布 | ||||
| スタイル機能を利用する電子投稿では,各学協会や出版社が指定したスタイルファイルを使う必要がある。別のスタイルファイルを使うと,内蔵されているスタイルが異なるため,データ項目や表示のスタイルが異なってしまうからである。そのため,著者にスタイルファイルを配布する必要がある。 | ||||
| 4.2.4−8 テキストおよびテキスト以外 | ||||
| スタイル機能を使う場合のテキストの書き方について,共通の注意事項を挙げた。また,同様に,テキスト以外についての共通事項を挙げた。 | ||||
| 4.3 スタイル機能を持たない場合 | ||||
| 本文と参考1の該当する例を併せてご覧願いたい。スタイル機能を使う場合に比べて,原稿の形式が異なることが分かるだろう。本文に述べたように,電子投稿のメリットが生かしきれない方法と言える。 | ||||
| 5. 電子原稿の提出方法 | ||||
| 論文審査後に電子投稿するやり方のほかに,電子投稿し,それを論文審査するやり方もありうる。後者の場合は,著者のコンピュータ環境と査読者の環境が異なることが影響を与えないような配慮,秘密が他に漏れないための配慮などが必要となる。
また,内容を改定した場合は,どれが最終版かが分かるような工夫が必要である。 | ||||
| 6. 電子出版物 | ||||
| ガイドラインで述べた方式によって作られる最終成果物の特長と新しい可能性を述べ,この方式の意義を最終成果物である電子出版物の観点から再び強調した。電子投稿の意義と併せて読んでいただければ幸いである。 | ||||
| 7. 電子投稿規定に記載すべき内容 | ||||
| これまで述べてきたことを基に,電子投稿規定に盛り込むべき事項としてまとめた。具体的な内容については,該当する部分を参照されたい。 | ||||
| (3) 著作権 | ||||
| 著作権の帰属については,学協会・出版社と著者との間の契約によって決まる。出版済みの論文を別形態の電子出版物として公にする場合の帰属も,たとえば新たな契約によって決めることができる。契約の内容・方法は学協会・出版社の方針による。 | ||||
| (4) 原著論文の定義 | ||||
| 最近,論文投稿前に著者自身がWWW上の「ホームページ」などを用いて論文を発表する動きがある。これを既発表と見なせば投稿論文は原著論文とは認められないことになる。既発表と見なすか否かは現時点では学協会・出版社によって対応が異なっている。また,学問分野ごとの慣例によっても対応は異なる可能性がある。従って,学協会・出版社は原著論文の定義にこの点を含める必要がある。
なお,WWW上の個人のページの場合,その内容の発表年月日が正しいか否かを証明することは難しい。そのため,WWW上の発表が投稿以前か以降かについて著者と学協会・出版社の見解が分かれる可能性もある。学協会・出版社だけでなく,著者もWWW上の発表について注意する必要があろう。 | ||||
| 8. その他の留意事項 | ||||
| これまで述べてきた事項に含まれない点をその他の留意事項として述べた。なお,(1)で述べた電子情報に関する公知証明について,以下に補足解説する。 | ||||
| (1) 電子情報に対する公知証明 | ||||
| 現時点において,公知証明は特許出願への対応が多いと考えられる。たとえば現行の特許出願における発表証明の内容例を下記に示す 。 | ||||
| 「研究集会において文書をもって発表する場合」
研究集会名,主催者名,開催日,開催場所,文書の種類,発表者名, 文書に表現されている発明の内容(発表題名)。 「刊行物に発表する場合」 刊行物名,発表年月日,発行所,発表者名,発表された発明の内容(発表題名) | ||||
| 研究発表会やポスターセッションなどにおいて電子出版物として発表された場合においても,発表当日,印刷物(プリントアウト)を座長に提示し,証明を受けることにより,紙での出版と同一の扱いが可能ではないかと考えられる。
一方インターネット論文集のように,ネットワークを通じた出版形式を採用した場合には,学協会において発行日より以降に証明を行った場合,公知証明としての証拠能力の有効性に課題があると考えられる。このことが電子出版物のみで論文誌を提供する場合の制度的な妨げとなろうが,法的整備,あるいは裁判での判例が出るまでは,下記の点に注意を払う必要がある。 ・特許法第30条に指定されている学協会は,電子出版物で発表された内容を特許公知する場合の規定 (例:出版当日に印刷物(プリントアウト)により公知証明を受けるなど) ・電子情報媒体物(ビデオ,ミニディスク,CD-ROMなど)で研究発表された内容を証明する場合の規定 ・電子媒体のみで出版する場合の保存規定 以上を具体的に明示しておくことが望ましい。 また,最低限の部数を紙で印刷し,これを国会図書館へ納本しておくことも一つの手段として検討する必要があろう。 なお,著者自身がWWW上の「ホームページ」などで投稿前の論文を発表した場合は,その公知証明は困難であることを付言しておくことが望ましい。 | ||||
| 参考1.電子原稿の作成例とその印刷見本 | ||||
| 最終成果物の一つである印刷物と,各方式による電子原稿とを対照して示した。その説明は本解説の対応する部分で述べたとおりである。 | ||||
| 参考2.「SGML/XMLを利用した方式」の電子出版機能を持つシステムの例 | ||||
| 公的機関が開発し,公開しているものの例を挙げ,簡単に紹介した。 | ||||
| 参考3.データ項目 | ||||
| ガイドラインで検討した4つのDTDについてデータ項目を比較対照した表。その趣旨は本解説の対応する部分で述べたとおりである。 | ||||
| 用語解説 | ||||
| ガイドラインの中で使われた用語について簡単に解説したもの。 | ||||
| 解説のおわりに | ||||
| 繰り返しになるが,電子投稿は我が国の学術雑誌が遭遇している困難を打開する有力な方策である。著者の負担は少なくないが,著者の理解は次第に得られるようになってきた。電子投稿を採用するか否かは今や各学協会や出版社の決断に掛っている。本解説がガイドラインとともに我が国における電子投稿の普及に資することを心から願う次第である。 | ||||
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